眠れない鳥

眠れなくて始めたブログ。

鳥のうつ病闘病記 ~その③~

この闘病記について▼

闘病記 小説風に始めました - 眠れない鳥

前回までのお話▼

第一話 第二話

 

 「疲労」というものについて、鳥のこれまでの人生で強く気に留めたことはなかった。とにかく暇を嫌う性分で、忙しければ忙しい程生活が充実し調子が良くなるものだと思っていた。

 心身に異変が起きてからうつ病等について調べると、「疲労」や「ストレス」というキーワードが原因として目に付いた。

 初めて異変を感じる日の前日までは夏休みだったので、通常なら「疲労」や「ストレス」とは無縁の期間のはずである。教師の夏休みについては、学生の夏休みのイメージを持ってもらえればほぼ相違ない。社会人としては破格の大型連休だ。

 鳥は教師の一大イベントの夏休みを当然好きなように使った。

 当時の鳥は、自己研鑽に余念がなかった。それが趣味であり休日や平日のアフタータイムの楽しみでもあった。当時は恋人もいたが、一年に片手で数える程のデートしかしていない。普通に遊ぶよりも自己研鑽が第一である。

 具体的に何をしていたかと言えば、教師のスキルアップについては民間の大きな研究団体に所属し、日々の生活でも早起きは欠かさず様々な職種の人と会いキャリアアップを図っていた。早起きはするが、基本的に夜寝る時間は決めず大体が深夜だった。

 教師の研究会は必ず出席しなければならないようなものでなく、個人のさじ加減でいくらでも忙しくもなれたし暇にもなれた。鳥の場合当然前者で、研究会がなかろうと常に専門書を読んだり授業を作ったりレポートを書いたり、休日といえる時間のメインはほぼそれらに時間を割いた。

 その時の鳥にとって、それらの活動全てが全く苦ではなかった。つまり夏休みは休むことなく動き続け、それどころかその生活を半年以上は続けていた。土日に家でごろごろすることはなかった。活動こそ趣味であり楽しみだったからだ。

 心身に異変が起きた原因はそれしか考えられなかった。異変が起きた今、何か身体に起こるのは明白だと思えるのだが、鳥のそれまでの人生は忙しくすることが当たり前であったので当時はまったくおかしいと思ってなかった。

 実際それらの活動は、仕事にも良い影響を与えていたし仕事内でも外でも周囲からの評価を得られていたので、それまでの習慣が良くないことだと疑うことはなかった。

 疲労をまったく感じなかったわけではない。しかし経験上、自分に限界があるとも思ってなかった。

 

 ――暗い自室で布団にこもり、鳥はこれまでの自分の人生を振り返りながら、ただ天井を見つめていた。

 微熱で仕事を一日休んだ翌日である。もう熱は引いていた。しかし、一日休んだことがトリガーになったのか、仕事に行ける気がまったくしなかった。

 かろうじて校長には電話で連絡できていた。現在の唯一の相談相手である。

 その翌日も仕事へ行くことができなかった。この日は、校長へ連絡することができなかった。

 寝ているのか寝てないのかもわからない。何もする気は起きない。

 職場から電話がかかってきた。当然出る気はない。留守電が入っていた。

 しばらくしてから留守電を聞くと、その週は全て忘れて休むようにと副校長からの連絡だった。

 喉が渇いても何も飲まず、腹が減っても何も食わず、尿意があってもトイレには行かず、三日目の休みも夕方を迎えた。

 家のチャイムが鳴る。モニターがついているので、鳥は言うことがきかない体をなんとか動かし誰が来たのかを見た。校長だった。

 驚いた鳥は、すぐにモニターフォンに出た。

「こ、校長先生!?」

「おう」

「どうされたんですか!?」

「様子見に来たよ。部屋入れてくれ」

「え。いや、その、部屋は散らかっていて・・・」

 唯一現状をすべて打ち明けていたが、校長とはそもそも親しくなかったし、事実部屋は散らかっていたから、部屋に上げることは勘弁したかった。

「汚くていいよ。もとから綺麗だなんておもってないから」

 失礼な。でもそれが校長だった。

 渋々鳥はドアを開け、校長を部屋に上げた。

 校長は部屋の入り口にあぐらをかいて座り、鳥はどうしていいかわからなくてとりあえず布団の上に正座をした

「横になっていいよ。しんどいだろう」

「あ、はい…。ありがとうございます…」

 言葉に甘えて、鳥は布団に入った。

「連日休んでしまってすみません」

「いいよ。気にせずゆっくり休みな」

 校長は大きな買い物袋を自分の前に出した。

「色々買ってきたよ。どうせ何も食ってないんだろ」

 なぜかすべてバレていた。

「牛丼買ってきたけど、食う?」

「あぁ、はい。ありがとうございます」

 正直食べたい気分など一ミリもなかったが、校長の厚意を断ることなどできるはずもなく牛丼の蓋を開けた。

 まだ温かい牛肉を口に運ぶ。

「あ・・・美味い・・・」

「そうだろ。美味いんだよ」

 本当に美味しかった。こんな美味い牛丼は食べたことがない。

「食うことは美味いんだよ。食べれて良かったな」

 温かかった。

 校長とは親しくない。今この瞬間も緊張はしている。でもわざわざ自宅まで見舞いに来てくれた。

 なんでだろう。職員だから?それもあるだろうが、たぶん校長はそんなこと意識もせず、単純に人として優しいのだと思った。

 正直、職場に来るように促されるのかとも思った。ちょっと叱られたりするかもとか。だけど校長は、ただゆっくり休めと言うだけだった。

 クラスの子どもの様子を名前を挙げながら教えてくれた。どうやらかなり心配してくれているらしい。

 職員には全員に周知したようだ。精神的なものだったので「やめてくれよ」と思ったが、校長の言い分は「こういうのはぶっちゃけちゃった方が楽なんだよ」ということだった。確かにそうかもしれないと妙に納得した。

 鳥は終始緊張していたので、校長の話をずっと聞くだけだったが居心地は良かった。

 校長の話なんて、子供が聞くと逃げそうなものだが、この校長なら悪くない。

 30分程して、校長は帰ることになった。「また来るよ」と言い残し、鳥はただただ頭を下げて感謝の意を伝えた。

 一人になった部屋を見渡し牛丼の味を思い出しながら、美味い飯はちゃんと食べようと思った。

 

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