眠れない鳥

眠れなくて始めたブログ。

鳥のうつ病闘病記 ~その①~

 2012年9月1日。

 朝目覚めると、鳥の身体は動かなくなっていた。

 

 ――鳥は、小学校の教員だ。

 大阪で生まれ、両親に一つ下の妹が一人の時々猫や犬のペットがいた極普通の家庭で育った。

 大学時代には上京し、一人暮らしを始めた。

 四年間で問題なく教員免許も取得し、ストレートに憧れていた東京都の小学校の教員になった。

 性格は人見知りな為、他人からは大人しく見られがちだが、慣れてくると小うるさいキャラを演じ、常に明るくいたいという願望があった。

 教員になってもそのスタンスは変わらず、子ども達の前でも明るく振る舞い若さもあってか「優しいお兄さん」といった感じで子ども達から注目を浴びていた。

 学級経営自体も最初の数ヶ月こそ苦労したものの、元々荒れていたクラスは傍から見ても一目瞭然なくらい落ち着いた良いクラスを初任時代に築くことができ、順風満帆といっていい教員生活を送れていた。

 特に大きな挫折のない人生に、鳥は自分自身にそれなりの自信をもてていたし、このままベテラン教員への階段を上り詰めていくものと思っていた

 

 2012年の今日9月1日は新学期の始まりの日である。教員三年目だ。

 昨日までは夏休みで、久々に愛しい子ども達と合うのを待ちに待っていた。

 しかし、どうしたことだろう。身体が動かない。というよりも、気持ちが学校へ行くことを拒絶している。

 働いてて体力的にしんどくなった時に休みたいな、と思うことは人並みにあった。

 だが、今日に限ってはおかしい。昨日までは夏休みで、身体に疲れなどほぼないはずだ。あんなに子ども達と会いたかったのに、気持ちが拒絶することをやめない。

 目覚ましがわりで点けていたテレビの時刻表示を見ると、そろそろ家を出なきゃマズい時間だった。

「寝てる場合じゃない」

 鳥は無理矢理身体を起こし、スーツへと着替えた。

 夏休み明け初日は、子ども達の気が緩んでいる為、いや教師も緩んでいる為に気合を入れて臨まなければいけない。

 自分の気持ちのことなど忘れ、鳥は急いで家を出た。

 

 家を出て学校へ着く頃には、自分に起きた異変など忘れていた。

 いつもの通り、笑顔で元気な鳥先生を演じ初日を楽しく終えられた。

「なんだ、やっぱり楽しいな…」

 朝はたまたまどこか調子がおかしかったんだろうと、もう気にしないことにしその日はいつも通り仕事に打ち込んだ。

 しかし、異変はその日で終わらなかった。

 

 次の日もそのまた次の日も、鳥は毎日憂鬱な気分に襲われていた。

 日に日にその負の気分は増していき、二週間程続いた時には放課後の教室で、スマホをいじりながら精神病院を探している自分がいた。

 うつ病を疑い始めた時期だった。

 今までも知り合いがうつ病等の何かしらの精神的な病にかかるところは見たことがあった。大学時代は部活の部長をしていた為に、そういった人達の相談に直接乗ったりしていた。

 しかし、まさか自分がなるとは思っていなかった。いや、まだ疑っているだけで、精神病院を検索している自分の姿をバカバカしく思った。

 「精神病院」というのは、何かそれだけで重いフレーズだったので、鳥個人として印象的に軽い「クリニック」と名の付くところに目星をつけた。

 どうやら電話予約がいるようだ。

 そのクリニックに目星をつけてからどれくらいの時間が経っただろう。放課後の教室でただ一人、延々と鳥はスマホと睨み合っていた。

 電話をかけてしまうと、自分が精神的に問題あるのを認めてしまうようで嫌だった。

「自分はそんなに弱い人間じゃない」

 鳥は自分の中で必死に病を否定したが、異変が起きてから約二週間経った鳥の中には、もはや否定のしようもない程の何かがあった。

 スマホの画面には電話番号が表示されている。あとは、発信ボタンを押すだけだった。

 鳥は意を決して発信ボタンを押し電話をかけた。

 すぐに、受け付けの女性が電話に出た。暗くもなく明るくもない冷静な声で、何があったのかを質問された。

 自分の症状を説明し、予約の日取りを決め、あっさり過ぎるほどに電話はスムーズに終わった。

 予約は一週間後である。電話をかけたことで何かが吹っ切れ、鳥はひとまず仕事に戻った。

 

 それからも鬱々とした日々は続き、それでも働くには問題ない程の状態でなんとか一週間を過ごした。

 クリニック当日、鳥は緊張しながらも現地に到着し、綺麗目な外装の建物の中へと入った。

 中に入ると自分の他にも患者がいて、雰囲気は思ったよりも普通の病院だった。

 鳥の名前を呼ばれ、誘われた部屋へ入るとそこには若い男性が一人いた。カウンセラーか何かのようだ。

 笑顔で優しい感じの男性の存在に、なんとか緊張はほぐれ、自分に起こった異変を語った。

 生まれから家族構成、病歴などこれまでのことを詳細に聞かれ、最後に心理テストで木の絵を描いた。

 それで問診は終了のようで、この後に医者から診断結果を話すから待合室で待つように言われた

 医者のいる部屋に入ると、強面の医者がどっしり座って睨むように見られた。

 先程までの優しい雰囲気は全くなく鳥は瞬時に萎縮してしまった。

「調子悪いの?」

 医者が口を開く。

「このテストの結果から見ると、あなたは病気でもなんでもなく健康な状態だね。きっと疲れか何かでしょう」

「はぁ…」

「あんまり気にし過ぎないように、ちょっと薬出しておくからね」

と、医者との話はすぐに終わった。

 疲れ……?夏休み明けに??

 子どもと会うのがなぜ嫌になる。今まで生きてきて、三週間も憂鬱な気持ちが続いたことなどなかったが、これは疲れであって健康な状態なのか。

 納得はできずとも「疲れ」という部分には思い当たる節が多々あった。

 

 鳥の症状は、その後もますます悪くなるばかりであった。

 

鳥のうつ病闘病記 ~その②~ - 眠れない鳥

 

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